「バランス、信念、ハッシュタグのこと」(2)

……その一方、「エネルギー専門家」は、僕の頸椎椎間板の逸脱の原因が、寝る向きが悪いせいだと結論付けた。

従って、ベッドの位置を変えねばならなかった。変化は良い。目新しい事柄は、爽快な気分にさせてくれる。人生のスパイスだ。僕は変化が好きだ。ただ少し問題が生じた。うちのプラズマ・テレビは、ベッドの位置を考慮して壁に取り付けてあるので、外すとなると改築が必要になってしまうのだ。そこで、テレビはそのままにしておくと、逆立ちするしか見る方法がなくなってしまった。ベッドサイドのランプは、ベッドで読む本の代わりに、バスルームのスリッパを照らすようになった。TVがあったはずの位置には、バスルームのドアが落ち着いた。正直に言うと、若干傾いでいるバスルームのドアについての6つのエピソードの方が、テレビ番組なんかよりずっと面白いんじゃないかと思えてきた。

どういうわけだか、ベッドの支えを失ったヘッドレストがぶらんと空中に垂れ下がった。地面から10インチほど空中浮揚できれば、そこに頭を乗せられたかもしれない。

空調リモコンは、もはやリモートではなくなった。空調を入れるために、冷蔵庫の方へリモコンを向けることになった。ピカピカの表面で光線が反射し、空調の赤外線センサーにたどり着くはずだと考えたからだ。不思議なことに、止めるときには光線は同じようには反射してくれず、ベッドの下に僕自身がスウィングして、空調が動きを止めるまで、いろんな角度にリモコンを向けなければならなかった。

……イギリスの執刀医に、大慌てで電話をかけた。数日中に病院に行きます、僕がそう言うと、彼はとても心配してくれた。「痛みが酷いのですね」「いいえ」僕は答えた。「バスタブの中で寝ようとしているんですが、どうもこの場所は最大級にエネルギーが必要でしてね」【ハッシュタグ#「助けて!(Help!)】

……イギリスに発つ前に、もう一度だけ賢者様に会ってくれないかと友人に頼まれた。祈祷が僕の助けになると考えてくれたのだ。好意や善行の報いを信じる僕は承知した。賢者様は教養があり、とてもモダンな人のようだった。頸部の手術の方法について聞かれたので、僕は詳しく説明した。目を閉じてマントラを唱えた後、彼は温和で落ち着きはらった瞳で僕を見つめてこう言った。「チタン製のディスクを使う、というのは確かなのかね?」「はあ、最新の発明品で、とてもすごいんです」彼はため息を吐いた。「これは君のカルマだから、手術は受ける必要がある。逃れるすべはない。だが、一つだけ。チタンは君のエレメントではないから、代わりにムーンストーンを使うよう医師に告げなさい」

……手術はほとんど苦痛は無かった。1時間半ほどで済み、全てうまく言ったと知らされた。あたかも映画の台詞のように…『手術は成功です』

何が屈辱的だったかというと、病院のドレスコードである。

ガウンを着た患者というのは、極めて重篤で無力な人たちだと思う。たくさんのケアと治療が必要なのだ。それを着ていれば、同情と気遣いを受ける価値があると主張しているユニフォームの類である。誰もステラ・マッカートニー製を期待しているわけじゃないが、少なくとも…少なくとも、無慈悲にくすくす笑われて良いものではないはずだ。

体が不自由な患者がよろめきながら擦れ違い、ゆっくりと通り過ぎる様を想像してほしい。君は彼を目で追う。明らかに心を動かされて。そしてこの時点で、君の視線は彼の無力な表情を完全に見逃してしまい、出し抜けに、彼のお尻に落ち着くのだ。一体全体、この露出過多ですこぶる屈辱的な衣服に何の狙いがあるというのだろう? 僕は医療に従事する全ての良識ある人々に問いたい。

オーストリアで膝と足首の手術をしたときも、この思慮の無い服を着る羽目になった。短パンやバミューダ(パンツ)で膝の手術を受けるのは全く構わない。なのに、お尻がちらりと見える方が膝にアクセスしやすいとでもいうのだろうか。この衣服の側面は、世界中の医学部で再検討する必要があると僕は思う。

一刻も早く、科学的な配慮が必要だ。

[続く]